財閥解体
戦後のGHQによる民主化政策は農地改革の他に財閥解体があります。大きな力を持つ財閥が戦争支持の大きな勢力であり、戦争により巨額の利益を得ていたとされ、財閥解体は軍国化を排除するために重要な要素と考えられたからです。最初に傘下に多くの企業を有する持株会社と、財閥家の指定が行われました。持株会社は83社が指定され、財閥家は10家56名が指定されています。指定された会社や個人が所有する株を一般に売却して独占の排除が進められました。根拠となる法律は3つ公布され、「独占禁止法」では持株会社の禁止、カルテル・トラストの禁止、公正取引委員会の設置などが取り決められ、「過度経済力集中排除法」では、同一部門で過度に事業を集中している独占的な企業体を分割するもので、325社が指定されましたが、実際に分割されたのは11社で、1955年に廃止になりました。「財閥同族支配力排除法」は財閥関係者が関連会社の役員に就任するのを禁止したものですが、これも1952年に廃止されています。
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独占禁止法は1997年の改正で原則持株会社が自由となり、現在多くのホールディング会社が生まれています。過度経済力集中排除法で有名なものは、日本製鉄が八幡製鉄・富士製鉄・他に別れ、その後1970年再合併して新日本製鉄が誕生しているほか、王子製紙が苫小牧製紙(後に王子製紙)・十条製紙・本州製紙に分かれ、その後1996年に王子製紙・本州製紙が合併し王子製紙となっています。また大日本麦酒は日本麦酒・朝日麦酒となり今のサッポロビール・アサヒビールとなっています。
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